
今という時代に、「Tシャツ」という言葉から「ものづくり」という大きなテーマを連想する人は決して多くはないはずだ。しかし、Tシャツというシンプルな素材を柱に現実を伐り拓いてきた会社がある。あくなき挑戦を果敢に続ける、他に類を見ないこだわりの国産Tシャツ専門メーカー、久米繊維工業。その活動には、色鮮やかなアイディアとともに父子の想いが織り込まれている。
Q, まずは、会社の成立ちから教えてもらえますか?
A, 元々この辺りは、東京本所石原町と呼ばれる場所で、職人の町でした。隅田川を渡ると、日本橋横山町と呼ばれていて、日本の繊維の約半分位を扱っていた。そんな時代に、メリヤス(ニット)職人だった祖父が起ち上げたのが、久米繊維工業の前身、久米莫大小製造所なんです。1935年ですから、今から70年ほど前の話ですね。祖父は元々は栃木県の足利という田舎から出てきて、丁稚奉公を経て職人になる。それから、独立するという流れだったみたいですね。頑固一徹な、とても職人堅気な人でした。
Q, 久米さんご自身も、ずっとTシャツ産業の中でキャリアを積まれてきたのでしょうか?
A, いいえ。私は、縁でイマジニアという会社でゲームデザイナー、そして日興証券でフィナンシャルプランナーをするという数奇な道を歩んでいます。本当は、ゲームも株も嫌いなんですけど(笑)続きはPingmag MAKEで。