
山形県天童市は将棋駒の産地として知られる土地。「将棋駒とものづくり」と聞いて、いまひとつピンと来ない人も多いはず。しかし、事実は、さにあらず。将棋駒の背景である、製作には、、職人たちのさまざまな物語が隠されている。今回、訪ねた天童佐藤敬商店はNHK杯の将棋駒をつくることで知られる将棋駒の名店。店主の佐藤稔氏に話を聞いた。
Q, 佐藤さんは、このお店の何代目にあたるのでしょうか?
A, 父が初代で、僕は2代目ですね。ここ天童は、江戸時代末頃から将棋の産地です。父は、13歳の頃に、彼の父を亡くしていて、家族を養うために働かなければならなかった。それで、この土地で一番手っ取り早い仕事というのが、駒書きだったわけですね。それから、店は問屋にまでなったんです。問屋の状態で後継ぎだった僕が職人なのは、父親から、問屋の算盤勘定だけじゃ暇だろうし、手に職があれば食いっぱぐれることはないから、というんで、門前の小僧で仕事を覚えたわけです。
Q, 天童では、9割もの将棋駒を生産していると聞きました。
A, はい。でも、今は、全盛の頃と比べたら、生産量はもう圧倒的に落ちているんですよ。昔は、木箱で発送していて、つくれば売れたという時代がありました。でも、テレビゲームというものが出はじめてからというもの、将棋を楽しむこと自体が減ってしまいましたからね。ウチが生き残っているのは、ところどころで、ちょっとした試行錯誤をしてきたからなんです。続きはPingmag MAKEで。