
「時間こそ最も賢明な相談相手である」(ペリクレス)と言う人もいれば、「時間の使い方の最も下手なものが、まずその短さについて苦情をいう」(ラ・ブリューエール)と諭す人もいる。古今東西、「時」をめぐる名言は少なくありません。それほど、人は時に縛られ、ときにはそれを有効に活用して、人生の彩りを豊かにしているということでしょうか。
さて、その「時間」を最前線のヒューマン・インターフェイス研究者たちは、どう捉え、どう表現したのか。日立ヒューマンインタラクションラボ(Hitachi Human Interaction Lab.=HHIL)のメンバーが考えたのは、たとえば、「abacus(そろばん)」と名づけられたソフトウェア・プログラム(図1)。

図1
一見、点滅を繰り返すだけのカラフルなパネルですが、実は規則性があります。左から「時」「分」「秒」が色分けされ、さらに同色のパネルの左側が「十の位」、右側が「一の位」を表しています。そろばんに似て、5つ数えると位が上がり、濃い色のパネルが点灯するので、0から9までの値を最大5つのパネルだけで表現できるようになっています。
たとえば図1の状態は、「14時21分27秒」というわけ。カラーパネルの点滅が時を刻んでいるとわかった後も、その表情の変化に思わず見入ってしまうメディアアート作品でもあります。
駅の構内にある列車の時刻表をそのままの形で表現したプログラムもあります。通勤列車で混み合う朝夕の時間帯は、表示密度が高く、そうでない時間帯は密度が薄い。当たり前のようですが、一見、均質に思える時間の流れが、そうではなく体感される、人間の錯覚を問う作品になっています。
あるいは、アナログ時計の短針、長針、秒針が形成する合成図の面積変化で時を告げたり、蚊取り線香のようなぐるぐる渦巻きが燃え尽きる様子で時の経過を示したりと、時をめぐるメディアと概念の自在な冒険が楽しめる作品ばかり。
「HHILの研究室の内装を一新したとき、壁掛け時計がないことに気づいたのがきっかけ。ふつうの時計を買ってくるよりも、自分たちで作っちゃえと始まったのが、このプロジェクト。本業の研究とは少し離れて、いわば部活動的なノリで、各自が自由に発想した作品が85件にも上りました」
というのは主任研究員の堀井洋一さん。
時計であって、時計でないもの。時間を哲学的、アート的に、そして時にはジョークのように捉えた一群のプログラムは、C言語やFlashの使い方としては初歩的なものですが、メンバーにとって重要な発想訓練の機会となりました。この「部活」につけられた名前は、「Timestry(タイメストリー)」。同ラボではこれを商標登録し、今後、商業的な展開も狙っています。
「個々の作品をコンテンツとして流通させることももちろんですが、こうしたアイデアの集積を、新しいビジネス・スキームとして世の中に広めていきたい」と堀井さん。時間と時計は現代人なら誰でも気になるもの。Timestry は、そこに、豊かな表現と驚きを持ち込み、さらに新しい「物語」を語りだそうとさえしています。
HHILの最近の成果のもう一つが、小型で持ち運び可能な360度立体映像ディスプレイ技術。同ラボではすでに2004年に、回転するスクリーンに複数方向から撮影した映像をプロジェクタで投影する方式の装置「Transpost」を開発し、これは米『フォーブス』誌など世界のマスメディアでも採り上げられました。かつて映画「スターウォーズ」で見たレイア姫の立体画像。それが特殊な3D眼鏡やホログラムとは別の技術で実現したと、大騒ぎになったのです。
初代「Transpost」からから回転機構を取り除き、よりシンプルにしたのが、現在の次世代機。上向きに置いた液晶ディスプレイの画面上に多角錐形の鏡を逆さまに設置した構造で、そこに合成画像を表示すると、その映像はあたかも中心に立体的に浮かび上がるように見えるというものです。仕掛けは意外とシンプル。装置の周りをぐるりと歩けば、横から後ろからと、各方向からの映像を見ることができます。
回転装置がないため、より小型化が可能で、可搬性も向上。現在の試作機は、ディスプレイ部分だけで、幅20cm×奥行き20cm×高さ10cm、重量はほんの約1kgにすぎません。また、設置する際の、装置の光学的調整も最小限で済むようになっています。
「これまでは、特別な展示やエンタテーメント分野など用途が限られていた360度立体映像ディスプレイですが、これからはより簡単に、商品デザインを立体映像で紹介することが可能になります。博物館や美術館などの展示物を立体映像によって観賞することもできると思います」
と開発にあたった、同ラボの大塚理恵子さん。
立体画像の作成も、すでに同ラボが開発済みの撮影システムを利用すれば、だれもが簡単にできるようになっています。身近になった360度立体映像。その応用領域は、教育、文化、エンタテインメントと無限に広がっています。
