ニシヤマ書店 第26回 ものづくり革命
自らの手でものをつくりだす。それは太古の昔から人間が営んできた行為です。食べるものも、着るものも、そして住まいも、自分の手を動かして、せっせとつくり続けてきました。それは自分たちでつくり出さないとものがないという、切実な現実があったからではありますが、自分たちにあったものをつくる能力があり、そしてその能力を人間は活かしてきたと言えます。
それが大きく変わったのは、いつ頃からなのか。産業革命などの節目をへて、僕たちは自分の手は動かさずに、出来合いの「商品」を「買う」ようになりました。食べ物も、着るものも、そしてもちろん、住まいも。たとえば仕立てるのが当たり前だった衣服は、工業的な縫製技術が向上し、人件費の安い国で大量に生産されるようになり、結果、一人一人の「服を仕立てる技術」は衰退しました。お母さんが子どもの服をあつらえる機会は、この50年で見たときに、ぐんと減っていることでしょう。仕立屋に注文する機会も同様に激減していることは、想像に難くない。
でも、現代の技術を持ってすればこそ、「個人的なものづくり」を行う基盤は整っているはずなのだと、僕に強く熱く語ってくれているスタッフがいます。彼女はモデルのような体型で、どんな洋服でも難なく着こなせるタイプ。なのに彼女は、「似合う服が全然ない」と言う。「自分に合う洋服は、自分でつくり出すべき。その環境は整っているのです」とも。これは、しっかりした審美眼を持っているから気づくことなのかも知れません。
そんな彼女が、僕に一冊の本をすすめてくれました。アメリカのMITの先生であるニール・ガーシェンフェルドが書いた『ものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明け』です。先端技術を駆使した個人的なものづくり(=パーソナル・ファブリケーション)の具体的な実例を紹介しながら、これからの人間の可能性を示唆する一冊で、僕の好奇心をかき立てる内容でした。
リテラシー、つまり教養は文字の読み書きが出来るという文脈で語られることが多いのですが、自分の人生を設計することが出来る能力、このことがリテラシーという言葉には含まれていると僕は思っています。ここから派生して「個人的なものづくり」も、リテラシーには含まれていて、このリテラシーこそ今後高めていくべきだと思うのです。巨大な機械のかたまりだった計算機が手のひらサイズになり、コンピュータがノートサイズさらには携帯電話におさまるようになってきている21世紀のいまだからこそ、「新たな個人のものづくり」が可能になった。それが大学の研究室レベルを超えて、いよいよ一般家庭に入り込もうとしている。
自分の手と、高度な技術を組み合わせる。そこから生まれるのは、とても個人的なのに普遍的なものになる。このことは、未来ではなく、いま、すでに始まっているはずなのです。
著者はテクノロジーが専門の、MITの先生。一読して、実際に会ってみたいと強く思いました。そしてぜひ、テクノロジーが生活にどのように生活に影響を及ぼしているのか、彼の生活をこの目で見てみたいのです。
ニール・ガーシェンフェルド(著) 糸川洋(訳)
ソフトバンククリエイティブ株式会社(2006年)