ニシヤマ書店 第18回 Les Bons Genies de la Vie Domestique
前回、前々回と、生活の必需品について、そして快適な時間を過ごすために必要なことについてお伝えしました。たしかに僕たちはたくさんのモノに囲まれて暮らしていますが、所有するか所有せずにいるか、モノに対する見方に少しずつ変化が起きているという気がします。
ファッションの世界で説明するとわかりやすいかも知れません。プレゼンテーションの時に着用するシャツは格安で買って、2回着たら捨てるというスタッフがいました。普段着にはならないし、クリーニングに出すよりも安く上がる方法なのだという彼の説明に、なるほどと思ったものです。日々の着るものにも困っていた終戦直後から、だんだんと豊かになるにつれて、世界の最新ファッションもリアルタイムで入手できるようになり、技術や流通に変化が起きて、「あるのが当たり前」になりました。たくさん消費せずとも、シーズンごとに本当に欲しいものを手に入れる人もいれば、使い捨て感覚で着回していく人もいます。
食生活に目を向けてみると、高度経済成長の時期を経て家庭における冷蔵庫の所有が当然となったことで、保存食にかわって冷蔵食品や冷凍食品があふれるようになりました。スーパーマーケットに行けば、ないものはありません。その結果、スーパーマーケットやコンビニエンスストアを自分の冷蔵庫のように使う人たちが出現したと言えます。
オーディオの世界でも大きな変化が起きています。iPod(アイポッド)の出現でCD業界のみならず音楽業界そのものが大変革の時を迎えています。そしてコンセント通信(電力線通信)が行き渡れば、今度はコンセントさえあれば好きな音楽が流れる時代になります。大きなアンプやスピーカーが「オーディオ」の象徴でなくなったのは、みなさんご承知の通りです。
住宅にもこのような変化が訪れるときが来るのでしょうか? 僕は来ると思います。一説には必要数の1.4倍もの住宅があるといわれているぐらい、日本の住宅は余っているのが現状です。そして団塊ジュニアと言われる、これからの経済を支える世代にとっては、産まれたときから家はあって当たり前になっています(そう言えば、「夢のマイホーム」という言葉を聞かなくなって久しいです)。あって当たり前のものであるならば、さらに獲得することがそこまで重要でなくなるのではと思うのです。『TOKYO STYLE』の著者、都築響一さんが「何十万の家賃を払うために働き続けるよりも、3万円の家賃であれば月に数回だけ働けばあとは好きなことが出来ることに気がついた若者たちが、住まいに変化を起こしている」と語っているのを読んだことがあります。そう、少しずつ、でも確実に、変化は起きている。
モノが充実して、社会全体が豊かになったその結果、所有欲は薄れるのかも知れません。それは机がミカン箱だった時代にそのまま戻るということではなく、モノ(人工物)との接し方を変えていくべき状況なのだと思います。
おそらく所有するモノのうち、単価の最も高い住宅。10年前までは、30年超のローンを組んで購入する事は、さして異常な事ではありませんでした。でも、もし住宅が何らかのイノベーションによって車1台分の価格で手に入るようになってしまったら、その時、人々の家に対する執着はこれまでの家に対するものと本当に変わってしまうのだと思うのです。
Les Bons Genies De La Vie Domestique (Paris, 2000, Centre Georges Pompidou )