ニシヤマ書店 第13回 GK Design 50 years 1952-2002 (2)
「住宅の値段が高すぎる」。誰もが思っていることかも知れませんが、僕はこのことに対して、個人レベルの問題ではなく社会全体の課題として大きなストレスを抱いているのと同時に、それを変えるために自ら動きたいと思っている。だから前回紹介した「コアユニット」という考え方にとても興味があるのです。配管工事などの現場での作業が多い、台所を中心とした水回りの設備をぎゅっと凝縮して工場生産し、あとはトラックで現場にユニットとして持ち込んで現場の施工をなくすことができれば、住宅の値段がぐんと安くなる可能性があるのではないか。
この思いを建築関係の友人に投げかけてみたところ、「西山さん、バス、トイレ、キッチンという水回りと、ドアや窓といった開口部を揃えるだけで300万円を軽く超えてしまうんですよ」と言われ、僕は軽いショックを受けました。工業化とは、同じ規格が全国を流通し、誰もが簡単に扱えて、そして値段が安定つまり安価な状態を可能に出来ることこそが大きな武器であるはずなのに、不当に高いものになっている気がしてなりません。もちろん、使い勝手はいいのでしょう。それに現場での人件費だってかかっているでしょう。しかし、過度な機能や柄や色を選べることなどが値段に跳ね返っていることも否めないのでは? ショールームに行けば、それこそ目もくらむような高額商品が並んでいて、驚きと同時にここでもストレスを感じます。水回りの製品や開口部というものにこそ、工業化のメリットを最大に生かすべきです。いまこそコアユニットに再び取組む時期ではないでしょうか。住宅の値段を見直す大きなきっかけが、コアユニットにはあるに違いない。僕は何も値段さえ安ければ他は気にしないとは思っていません。1963年の「暮らしの手帖」で発行人の花森安治が挑んだように(くわしくは第三回「ニシヤマ書店」をご覧下さい)、値段、使い勝手、汎用性など様々な方向から満足できる工業製品は、必ず出来ると思っているのです。
さらには、配管や配線の工事というインフラをいかに簡便に出来るかというのも課題のひとつだと思っています。たとえば水。大きな水タンクを設置して、雨水や汚水をリサイクルするシステムを整備していけば、極論を言えば配管せずにすむのです。この場合、ハードルが高いのは雨水よりも汚水でしょう。一人暮らしならOK? カップルだったら? 家族は? 集合住宅は? 超えるべき山は相当高いでしょうが、ここが超えられたら、住宅の問題だけでなく地球レベルで大きな変化(しかもハッピーな)が起こるのです。
形態だけでなく、システムも含めてデザインすることが、これからはより強く求められている。住宅には「デザイン」と「量産化」が入り込む余地がまだまだあります。このふたつを携えて挑めば、僕たちの挑戦は現実のものになる。そう信じています。
GKデザイングループ・GK史編纂委員会 著
株式会社六耀社
2002年11月15日