ニシヤマ書店 第3回 暮しの手帖 (1963・第六十九号)/暮しの手帖社
花森安治は僕の永遠の憧れ、永遠のスーパースター、誰よりもロックンロール! ファッションデザイナーを志し、もんぺをスカートに仕立て、舶来品に目がなくてライカのカメラを即入手。とにかく「いいもの」を自ら手にし、使いたおして自分の骨に、肉にする。アナーキーなスーパースターは、雑誌「暮らしの手帖」で日本に多大な影響を、大きな衝撃を与えました。もともと東大新聞部に在籍していた彼にとって、メディアを用いて世間に表現することはお手のものだったのでしょう。
優れた装幀家でもあった花森は、表紙のイラスト、デザインはもちろん、全体のレイアウト、新聞広告、写真撮影を行い、当然ながら原稿を書き、センス抜群のタイトルコピーを次々と生み出しました。広告を一切取らずに、だからこそ本当に言いたいこと、読者に伝えたいことを誰にも遠慮することなく声を大にして発表し、絶大な支持を得たのはご存じの通りです。「商品テスト」に代表されるような、生活にまつわる家事全般だけでなく、社会も、政治も、経済も、すべてがわかる革新的な雑誌、それが戦後まもなく創刊された「暮らしの手帖」でした。
僕がその魅力にからめとられるように夢中になったのは学生時代。1963年第69号を手にしたことがきっかけです。その号の特集は「ステンレス流しの研究」。台所は暮しの工場であり、暮しの心臓だと強く思う花森は、満足できるステンレス流しが流通していないことを痛烈に批判。それだけで終わらないのがすごいところで、3年後にはサンウエーブ工業といっしょに流しをつくってしまうのです! 創刊当初(1948年)は日本にものがない時代。ミカン箱で机をつくろうと提案していた彼が、ついに工業製品を世に出した。時代の流れもあるかも知れませんが、花森安治だからこそ実現できたことだと思うのです。ないなら作ろう、つくるならみんなが欲しいものを作ろうという彼の姿勢に、「空想生活」は多大な影響を受け、そして目指し続けています。
だからこそ、いま、花森安治が健在だったら──。COMPACT IHやウィンドゥラジエーターを使ってみて、どんなコメントを述べるだろうか。そう考えると、思わず背筋が伸びます。緊張するし、同じだけワクワクするのです。